村上には、武家屋敷、町屋、寺町、城(跡)という城下町としての四大要素が残っています。全国的にも希少な城下町であると高い評価を受けているのにもかかわらず、地元ではそのような価値認識はきわめて低かった折(平成9年頃)、町屋の多く残る町人町に道路拡幅を伴う大規模な近代化計画の話が持ち上がりました。
その時「そんなことをしたら城下町の価値は失われるし、第一道路を拡げて成功した商店街は一つもない。大変なことになる、あなたがそれを食い止めなさい。」と、村上の近代化に警鐘を鳴らしてくれた会津若松の五十嵐大祐氏との出会いがありました。(平成10年)。この五十嵐氏の言葉は吉川にとって衝撃的でした。すぐさま全国の町を歩いて見てその実態を確かめ始めたところ、「拡幅による衰退」これがまぎれもない現状であると分かりました。
吉川は近代化の見直しを唱えましたが、商店街では「近代化ありき」で話が進んでいきます。何とか止めなければと必死の思いで近代化に反対する署名活動を展開しました。思うように進まない署名活動は断念して方向転換をすることにしました。それは署名活動のような否定的なやり方ではなく、伝統的な町屋に光を当て、町を活性化させることにより町屋の価値を全市民に示そうという建設的な方法を取ったのです。町屋を活かし、町に賑わいを取り戻すことで、「これを壊すのではなく残し活かしていこう」という意識に市民が変わり、最終的に近代化を変更させようと思ったのです。
村上の町屋は外観こそ近代化され魅力に欠ていますが、一歩店の奥に進むと、イロリや梁、大黒柱に神棚、仏壇、そして豪快な吹き抜けの造りが現われ、タイムスリップしたような江戸や明治の町屋が現われます。町屋の中、これこそが村上の宝だと思いました。この町屋に光を当てるべく町屋を生かした取り組みをが始まりました。
味匠喜っ川「店舗の町屋造り」のご紹介
吉川は、町人町の店舗を巡り町屋の中を見せていただくよう1軒1軒お願いして廻りました。吉川の呼びかけに賛同した22店舗(当初)によって「村上町屋商人(あきんど)会」を結成して町屋の常時公開を行うことができました。そして、村上商人会でマップ「城下町村上絵図」作り、新聞に折り込んだところ、マップを手に町を歩く人が増え始め、人々が村上の町屋を実際に訪れ、その価値を体感するようになりました。
この取り組みが原点となり、商人会のメンバーや町人町の方々の熱意により「町屋の人形さま巡り」「町屋の屏風まつり」に代表される町づくりの取り組みへと繋がっていくことになりました。
村上町屋商人会で町屋の公開をしている店舗
- 村上商人会の町屋の紹介です。城下町村上絵図を片手に、村上町屋巡りにお出かけください。











